すがすがしい朝と村上春樹インタビュー


うれしい事が。
先週、大事に育てている大手鞠の樹木の花が開いた。正しくは、小さな黄緑色の花のつぼみたちが開花し、白くて愛らしい手鞠状になった。後ろにチラッと見える紅葉にも、フサフサでびっしりの葉がついている。日々、植物の生命力の素晴らしさを感動するこの時期は、一年の中でも最も輝やかしい季節。そんな植物たちからいい空気が出ているのか、大手鞠や紅葉ごしに窓から入ってくる風が澄んでていて、心や体の中まで清めてくれるように気持ちがいい。あ〜、幸せだな〜。なんだかやる気が湧いてきたよ。ありがとう、大手鞠ちゃん、紅葉ちゃん。



そんな幸せ気分いっぱいで、今月号の雑誌“クーリエ・ジャポン”の巻末特集、特別再掲載 “クーリエでしか読めなかった村上春樹インタビュー” を読んだ。
インタビューは、2006年ドイツの週刊誌STERN掲載の「初めて明かされるハーバードの一日」、2005年ニューヨークタイムズに語る「国境を越えたHARUKIの世界」、2007年タイム誌への「僕は自分の国から逃れることができない」、2009年スペイン EL PAIS 掲載の「僕の小説は、混沌とした時代に求められる」、他のたっぷり14ページ。いずれも日本のメディアに語られることのない貴重な彼の言葉たちは、彼の小説の “出所” を裏付ける一面が垣間みれる、とても興味深いもの。

自分用のメモとして、インタビューの中で印象に残った言葉をいくつか抜粋して挙げてみる。それぞれの言葉は作家本人のものと、記事を書いたライターの言葉だ。
村上春樹が日常生活においてどうしても好きになれないこと、それはお祭り騒ぎである。 / 「僕は一匹狼なんだ」 / 「現実は、ひとつの仮説の選択にすぎない」 / 村上は、自らを常にアウトサイダーだと感じてきた / 「日本は特に恋しくないよ。でもおいしい豆腐が恋しい」 / 村上の文体は叙述的で、ぶっきらぼうと言っていいときもある。文章を読めば文意が明確に伝わる。日本人の多くが語調を弱め、曖昧に伝えるような語調とは無縁なのだ / 「かつては祖国を捨てた作家になりたかった。でも僕は日本の作家だ。ここが自分の土地であり、ここが僕のルーツなのだ。自分の国から逃れることはできない」 / 「僕はこれまでどおり、独自の道を行くだけだ。、、、、僕は日本人だが、自分であり続ける」 / 「フィクションを書くとき、僕は暗いところ(自分の心、魂)に降りて行く」 / 「(日本の文壇に否定されて腹がたったかの質問に対して)そんなことはありません。ただ、自分の国にいながら、一種のよそ者であるように感じただけです」 / 「小説は大いなる嘘です。小説を書くとき、僕はできるだけ上手に嘘をつかなくてはならない。“偽のレンガで、真実の壁を築くこと”、それが僕の仕事です」

彼の言葉にひっかかった方は、是非クーリエで実際のインタビューを読んでみてね。この号、新しいビジネスのスタイルから、イギリスのガーディアン紙に掲載されたスイスの自殺幇助組織「ディグニタス」の記事まで、読み応えのある内容でオススメだよん。

COURRiER Japon ( クーリエ ジャポン ) 2010年 06月号 [雑誌]

COURRiER Japon ( クーリエ ジャポン ) 2010年 06月号 [雑誌]